id 報告者 話者生年 話者生育地 話者性別 概要 表記 文法解説
1 山田敏弘 1965 岐阜県岐阜市(北部) 300年以上当地に住む家の長男で典型的な美濃方言の話者である。 ガ行は鼻濁音が多いが、自由異音なので、あえて区別せず「ガギグゲゴ」で表記した。連母音は、この世代では融合しないため、特殊な表記は用いていない。 父親の世代のことばを書いた方がよければ、それも書けるが、とりあえず、自分の世代のことばで書いてある。たとえば、父親世代では、過去否定形は「カケンカッタ」よりも「カケナンダ」と言うが、当該話者世代では「カケンカッタ」が優勢である。
2 吉田 雅子(よしだ のりこ) 1968 山梨県甲府市 山梨県甲府市方言は,東条操の方言区画においては東海東山方言の長野・山梨・静岡方言に属し,山梨県内の方言区画としては山梨西部方言となる。山梨西部方言はさらに①峡北(きょうほく)方言,②峡南(きょうなん)方言,③峡東(きょうとう)方言,④峡西(きょうさい)方言,⑤峡中(きょうちゅう)方言の5つに小区画され,甲府市方言は⑤峡中方言にあたる。かつてより甲府は山梨(甲斐)の中心地であり,県内では甲府のことばは規範的なことばと意識されてきた。
甲府市は南北に細長い形をしており,市内も北部は長野県境に接した山間地,中部は市外中心地で昔の城下町,南部は甲府盆地中央部の農地も多いところ,というようにさらに三区分できる。『甲府市史』の「方言」項では,北部を「市の中で,より古いことばの姿を残すと思われるところ」,中部を「市域中最も洗練されたことばを使うところ」,南部を「市の中心部では消えかかっている語が現存しているところ」のように記述している。話者の生育地は甲府市北部にあたる。
参考文献
稲垣正幸・清水茂夫・日向敏彦(1988)「方言」『甲府市史 別編Ⅰ民俗』(第四章言語生活 第四節)甲府市役所
全体の記述方針
●ガ行鼻濁音は半濁点を付けて示した。山梨県甲府市方言にはガ行鼻濁音があり,出現しうる場合は示した。
●方言形があるものは使って示した。伝統方言形寄りの表現になっている。
●文法情報に主眼をおいて作成した。語彙はここに挙げた他にも伝統的俚言形がある。
●方言訳2は,方言訳1が例文と構文が変わる場合共通語例文にできるだけそぐう訳や,方言訳1とは別の語彙を使っての訳,を示した。
・否定辞にはンを用い(例文11,12,13,14,22,23,31,46),意志表現や推量表現にはズ,ザー,ズラの類を用いる(例文7,8,15,29,37,39,41,48,49)ところに東海東山方言らしさが表れている。山梨東部方言が否定にナイ,意志や推量にベーを用い関東方言らしさが表れるのと対照的な部分である。
・山梨方言では,甲府市方言に限らず全県的に助詞が前接語に融合する現象が見られる。奈良田方言は音声融合がやや少ない。
・世代差が指摘できる事項には以下のようなものがある。動詞「来る」は意志形でコズとキズ,コザーとキザーがある(例文41)が,キ音になる上一段化語形は高年層に見られる。ズによる表現自体がすでに一部の高年層が使うものになっている。ザーによる表現は中年層までは多用するが若年層ほど使用が少ない傾向がある。このザーはザダ行音交替のためコダー,ヤラダー(例文7),イカダー(例文39)のようにダーとなることが見受けられる。過去のトー(例文3,4,10,16,17,18,19,25,28,30,32,33,36,42,45,46,47,50)は高年層に使用が多い。可能表現ではいわゆる「レ足す」(例文20,21,22,23,32,34)があるがこれも語によっては高年層ほど積極的に使用している。推量表現も過去推量のツラは高年層が使用するが,ズラやラによる表現は若年層にも使用が多い。仮定のヤスイジャなどジャ(ー)による表現(例文29,32,39,45,46),アルイチョ(例文6)のようなチョによる禁止表現などは,全世代でよく使用されている。
3 小西 いずみ(こにし いずみ) 1934 山梨県南巨摩郡早川町奈良田 山梨県の中に位置するが、周囲の山梨西部方言とは異なる方言体系を持つことから「方言の島」とされてきた。もっとも顕著な特徴はアクセントであり、山梨西部方言が東京方言と同様に下降の位置を弁別特徴をするのに対し、奈良田方言は上昇の位置を弁別特徴とする。アクセント以外の音韻上の特徴は「表記」欄を参照。語彙・文法的特徴は山梨西部方言との共通点も大きいが、ダイトー(出した)などサ行動詞イ音便形、動詞否定形 -ノー(イカノー(行かない)など)を用いる点などは、山梨西部方言にはない特徴である。近年は集落の過疎化・高齢化とともに奈良田方言の話者が高齢者に限られ、また、集落内でも使われなくなってきている。 ・ガ行鼻音は「カ゜」「キ゜」…などと記す。
・/s, z/(サ・ザ行子音)は、後続母音/e, a, u, o/のとき唇歯音[θ][ð]になり、/i/のときは[ɕ][ʥ~ʑ]だが、いずれも「サ」「シ」…「ザ」「ジ」などサ・ザ行のカナで記す。
・/t, d/(タ・ダ行子音)は、後続母音/e, a, o/のとき[t] [d]、/i/のとき/c/[ʨi] [ʥ~ʑ]、/u/のとき[t~tˢ~ʦ] [d~dᶻ~ʣ~z~ð](ただし[t] [d]は後ろ寄り、そり舌ぎみ)。/zu/(ザ行ウ段)と/du/(ダ行ウ段)の区別があるが、失われつつある。ここでは/tu, du/(タ・ダ行ウ段)は破裂音の場合「トゥ」「ドゥ」、/tu/(タ行ウ段)が破擦音の場合「ツ」、/zu, du/(ザ行・ダ行ウ段)にあたる破擦~摩擦音の場合「ズ」と記す。
・主格はカ゜(項目8~10など)、対格はオ(1など。前の母音と融合したり長音化したりも。2, 48Aなど)で表される。両者ともほとんど無助詞になることがない。与格は人名詞(相手)であればニ(1, 7など)、無生名詞であればニ(5など)、エ(41A)、イ(46Bな)、サ(3など)。サは前接が長音(稀に撥音、二重母音)のときに用いられる。
・主題はワ(11など)、名詞末母音と融合することも多い(5など)。対格のオの後にもワが付く(12)。
・動詞の活用の型は子音語幹型(五段)と母音語幹型(一段)、不規則動詞はクル(来)とスル(為)。
・動詞否定形は -ノー(10)と -ン(この資料では欠)。
・サ行動詞がイ音便形をとる(16, 45A)。
・過去形は -トー(3など)、-タ(45B)
・コピュラ(断定の助動詞)はドー(35など)、ダ(38)。
・推量形は、ラ(動詞・形容詞。8など)、ドゥラ・ヅラ(名詞、37など)。動詞・形容詞にドゥラ・ヅラが付くと本来は「~のだろう」に対応するが、「~だろう」に対応する発話もある(この資料では欠)。過去推量に -トゥラがある(15)
4 平塚雄亮 1983 福岡県福岡市 肥筑方言のうち,筑前方言にあたる。話者は中年層方言を話し,高年層の話すそれとはかなり異なっているが,今回は高年層の話すことばを記録し,アクセントおよびイントネーションの特徴を再現した。サ行がシャ行で発音されるという伝統的な子音の音価の違いは反映させていない。 カタカナ音声表記とし,特殊な表記は用いていない。 標準語と活用形が異なるものとして,5番の命令形および11番,15番の否定形(ラ行五段化)がある。形容詞では27番にいわゆるカ語尾が現れ,32番のヤスカレバもカ語尾の一部である。20番・22番と21番・23番は能力可能をキー,状況可能をルーという接辞で表し分ける。同様に,24番と25番は,進行をヨー,結果をトーという接辞で区別する。35番は標準語ではコピュラでの言い切りになっているが,当該方言ではこれができないため別の手段で言い切った(ここではコピュラの不要な終助詞タイ)。
5 三井はるみ 1961 東京都新宿区・調布市 東京都本土では現在、特に中若年層では、明らかな俚言もなく、全域で共通語に近いほぼ均質なことばが話されていると意識されている。話者生育地の新宿区・調布市は、東京の中の23区南西部・多摩東部にあたり、共通語化、広域方言化の進行した東京の中でも、最も伝統方言的特徴が薄く、言語規範意識が高い傾向がある地域である。また、隣接する神奈川県から神奈川県以西出自の語形をいち早く取り入れることがあるが、この地域で使われるようになった語形は、ほどなく「共通語」または「俗語的な共通語」として全国に広がっていくことになる。そのような面も含めて、現代日本共通語の基盤方言の位置にある。
参考:方言文法研究会(2017)『全国方言文法辞典資料集(3) 活用体系(2)』「東京都方言」【東京都方言の区画】(http://hougen.sakura.ne.jp/shuppan/2017/3-07.pdf)
カタカナによる表記。なお、話者にはガ行鼻音は規則的に現れない。 ・主格の格助詞は「ガ」だが、無助詞もある(例文8, 47, 49)。対格の格助詞は「オ」だが、無助詞が多い(例文1, 2, 3, 4, 6, 10, 13, 14, 15, 16, 17 等)。与格の格助詞は「ニ」。到着点を表す場合は無助詞が可能である(例文28, 39, 41)。
・命令表現は特に子どもに対する場合は「~ナサイ」などが使われる(例文5)。動詞命令形もあるが、ぞんざいあるいは男性的である。
・禁止表現は特に子どもに対する場合は「~チャダメ」などが使われる(例文6)。「~ナ」による禁止形もあるが、ぞんざいあるいは男性的である。
・意志表現、勧誘表現には動詞の意志形が使われる(例文7,39,48)。勧誘表現では、相手への働きかけを表す終助詞「ヨ」を付けることがある(例文39,48)。
・推量表現は、動詞、形容詞、名詞に「ダローナ」か「ンジャナイカナ」を付ける(例文8,15,29, 37)。終助詞を付けない「ダロー」だけでは使いにくい。
・確認要求表現は、「ジャン」「ジャナイ」「デショ」などが使われる(例文42,43,49)。「ダロ」はぞんざいあるいは男性的である。
・仮定表現は、動詞、形容詞では、「ナレバ」「ヤスケレバ」のようなバ形と、「ナッタラ」「ヤスカッタラ」のようなタラ形が使われる。バ形は、動詞否定形では「ミナキャ」、形容詞では「ヤスケリャ」のような融合形も使われる(例文5,9,10,15,32,34)。
・使役表現は「~セル」が使われる。過去形では「~セタ」のほかに、くだけた言い方として「~シタ」も使われる(例文16,17)。
6 小西 いずみ(こにし いずみ) 1945 富山県富山市 富山県内は県全体の言語的均質性が比較的高いが、分けるとすれば大きく県東部「呉東」、県西部の北~中部「呉西」、県西部の南部「五箇山」に分けられる。「呉東」はさらに「東部」「西部」に分けられる。富山市はそのうち呉東の東部に分類される。(参考:下野雅明「富山 ・ガ行鼻音は「カ゜」「キ゜」…などと記す。
・無声子音間で狭母音が無声化することが多い。表記には反映しない。
・その他、音声的に特徴のある場合や注意を要する場合は「備考・コメント」欄に記す。
・主格は無助詞、助詞カ゜、非成節的な助詞アで表される(項目8, 9, 44など)。カ゜は焦点がある場合に用いられやすい。
・対格は無助詞となるのがふつう(項目1など)。焦点があればオも使われることがあるが、本データには含まれていない。
・主題は無助詞、非成節的な助詞アになることが多く、助詞チャが使われることもある(項目11, 12, 13など)
・準体助詞としてカ゜が使われる(項目40など)
・動詞の活用型として、カク kak-u(書く)など子音語幹型、ミル mi-ru(見る)など母音語幹型があり、不規則活用動詞はクル ku-ru(来る)、スル su-ru(為る)である。
・動詞の否定(非過去)形はミン mi-ɴ (見ない)など -ン形である(項目11)。否定過去形として -ナンダ、-ンダ、-ンカッタがある(項目13)。
・名詞述語を作るコピュラ動詞としてダとヤがある(項目35)。
・形容詞の副詞化接辞とて タカナト taka-nato(高く)など-ナトがある(項目30)。
・人など有生物主語の存在動詞はオルが使われ(項目2)、継続のアスペクト接辞としてヨンドル joɴdor-u(読んでいる)など「-テ オル」の縮約形 -トル -tor-uが使われる。-トルは進行と結果の両方を表す(項目24, 25など)。富山市方言には西日本に広くみられる -ヨルの形はない。
7 セリック・ケナン 1939 沖縄県宮古郡多良間村水納島 水納島方言は南琉球宮古語の一方言である。宮古語諸方言の中で、多良間島で話される多良間方言に最も近い。水納島にあった集落は1771年に起きた大津波で全滅し、その後、多良間島の人が移住して再建されたため、そこで話される水納島方言は約250年前に多良間方言から分岐したと考えられる。アクセント、文法、語彙などは多良間方言にきわめて近い。しかし、その一方で、ɿ > i 、ɭ > i などの音変化が生じているため、水納島方言の音韻論は多良間方言のに比べ改新的である。
 明治生まれの話者は /ɿ/ を幾らか保持しており、また、/s/ が口蓋化していない発音(/sa/ [sa] ~ [ɕa])も観察される。インフォーマントの大浦氏の発音は保守的な側面がある。すなわち、/s/、/ts/、/dz/ の後に /ɿ/ の母音を保持しているが、音声的には [ʉ] に近づいている(音韻表記ではを /ʉ/ 使用)。その他、/k/ に終わる子音語幹動詞の基本形において、/ki/と交替する /kʉ/ の音節も観察される。/ʉ/ を含む発音が古く、それと交替する /i/ の発音が新しいという意識がある。また、/s/ などが口蓋化していない発音もしばしば観察される。
表記はセリック・ケナン、大浦辰夫(2022)『みんなふつ語彙集』国立国語研究所に従う。それに加えて、/kʉ/ の音節に対して「キ゜」の記号を使う。仮名表記には無声化を示さない。ピッチの局所的な上がりや下がりを [ ] で表す。ただし、音調の認定に確信がない場合は、ピッチ記号を付けない。 音素目録は /p, b, m, f, v, t, d, n, r [ra] ~ [ɾa], s [sa] ~ [ɕa], ts [tsa] ~ [tɕa], dz [dza] ~ [dʑa], j, k, g, h/ の16個の子音と、/i, u, ʉ, e, a/の5個の母音から成る。長母音には /oː/ もある。/h/ は周辺的な音素であり、(伝統的な言葉において)数語にしか見られない。/ʉ/ は表層のレベルにおいて /i/ としばしば交替するが、インフォーマントの体系ではこの2つの母音が音韻的に混同されることはない。宮古語諸方言の中で口蓋化による対立(例えば /sa/ [sa] 対 /sja/ [ɕa])がほぼないことが特徴的である。なお、[v] と [w] の対立はない。
 韻律体系については3つのアクセント型(a型、b型、c型)が区別される。a型は低音調が指定されておらず、高平あるいは低平で実現する。b型とc型はそれぞれ遅めと早めの位置で低音調が指定されている。この低音調はピッチの局所的な変動によって顕在化する。ピッチの変動は条件により、下降あるいは上昇で実現する。動詞はa型とbc型の2つのアクセントクラスが認められる。bc型動詞は一部の動詞形がb型、残りの動詞形はc型に所属する。系列別体系について、それぞれの型に所属する語群は琉球祖語で再建されるA系列、B系列、C系列に非常によく対応し、水納島方言の系列別体系は南琉球の中できわめて保守的であると言える。
 格体系は〈~ぬ/が〉「主体(ガ、使役者:ガ)、他動詞主体(ガ)」、〈~う〉「対象(ヲ)、経過域(ヲ)、対象/相手(被使役者:ヲ/ニ)」、〈~ん〉「場所(デ、ニ)、時点(ニ)、変化の着点(ニ)、相手(受身の動作主:ニ)」、〈~から〉「起点(カラ)」、〈~がみ〉「終点(マデ)」、〈~んけー〉「方向(ヘ)、移動の着点(ニ)、相手(ニ)、相手(被使役者:ニ)」、〈~しー〉「手段(デ)、起因(デ)」、〈~とぅ〉「相手(ト)」、〈~が〉「(動作の)目的(ニ)」から成る。主体の助詞は付く名詞によって形が交替し、名詞階層において高いものには〈~が〉が付き、低いものには「~ぬ」が付く。同形の連体助詞〈~ぬ/~が〉も同様である。共格(相手(ト))の標識は〈~ティー〉「引用節(ト、ッテ)、伝聞(ッテ)」とは区別される。対象の標識は動作の目的節という特殊なケースを除き、義務的であり、「示差的目的語標示(Differential Object Marking)」のような現象は見られない。
 主題は〈~あ〉であるが、対格の標識に付く場合は〈~ばー〉の形式が使われる。主題の標識〈~あ〉は付く語の語末分節音によってそれと音韻的に融合することもある。例えば、〈い〉終わりの名詞に主題の標識が付くと、音韻的な融合が起こり、〈えー〉に変わる。具体的な例を挙げると、〈いき〉「行くこと」に〈~あ〉「主題」が付くと、〈いけー〉「行くことは」になる。累加は宮古語特有の〈~まい〉で表される。
 活用体系について、動詞の基本形は日本語の非過去形より使用範囲が狭く、これからの一回限りの動作に対しては、基本形ではなく、宮古語全般の特徴である意思形あるいは未来形を使う。また、基本形はそのまま能力も表せる。中止形は2種類が区別されており、前後の動作が重なる場合(「Xをした状態でYをする」)は接続形、前後の動作が重ならない場合(「Xをしてから、Yをする」)は継起形が使われる。また、補助動詞構文には前者の接続形を使う。コピュラは〈あい〉という動詞であるが、(逆接など、他の文法的な範疇が表されていない)非過去の環境ではゼロ標識である。形容詞という独立とした品詞は認めがたく、形容的な表現は形容的語幹に様々な統語形態的プロセルを適用して作る。修飾用法では形容的語幹がそのまま修飾する名詞と複合語を形成し、叙述用法には〈~しゃ〉によって形成される形容的語幹の名詞・副詞形と補助動詞の〈あい〉「有る」の分析的な構文が使われる。
8 陶 天龍 1949 沖縄県宮古島市久松松原 久松方言は,宮古本島の中西部に位置する久松地区で話されている宮古語の方言である。久松地区は行政的に沖縄県宮古島市平良地域に属し,久貝(fɨgabara [fɯɡabaɾa])と松原(macɨbara [maʦɨbaɾa])の二つの集落からなる。現地の人は「久松」のことを「野崎」(nuzakž [nuʣaks̩])と呼び,「久松方言」のことを「野崎口」(nuzakž fucɨ [nuʣaks̩ fɯʦɨ])と言う。現時点では,松原の方言と久貝の方言は,発音や語彙・文法において違いが見られていないが,数少ない語彙において僅かな差異が見られる。 Anderson(2015: 487-489)は沖縄語の話者を,ほとんど話せない「非話者(non-speakers)」・あまり話せないが,聞き取れる「半話者(semi-speakers)」・非公式の会話で日本語と沖縄語を交互に使う「ぎこちない話者(rusty speakers)」・非公式の会話でもっぱら沖縄語を使う「完全話者(full speakers)」に分けている。当該話者はぎこちない話者に当たると考える。当該話者の方言訳においては,方言形が思い出されず共通語が使われることがある(1-4の「テガミ」(方言形は「ティガミ」),16の「ネツ」(方言形は「二ツ」),25の「モー」(方言形は「ンニャ」))。参考文献:Anderson, Mark (2015) Substrate-influenced Japanese and code-switching. In Patrick Heinrich, Shinsho Miyara, and Michinori Shimoji, eds. Handbook of the Ryukyuan Languages: History, structure, and use, 481-509. Berlin: Mouton de Gruyter. ・成節子音:ヅ [z̩] ヴ [[v̩] ム゚[m̩] ン [n̩~ŋ̍ː]ヅー [z̩ː] ヴー [[v̩ː] ム゚ー [m̩ː] ンー [n̩~ŋ̍ː]・成節子音が含まれる音節:ピヅ [ps̩] ピヅー [ps̩ː] ピヅヅァ [ps̩sa] ピヅヅィ [pɕ̩ɕi] ピヅヅゥ [ps̩su] ピヅヅュ [pɕ̩ɕu]ビヅ [bz̩] ビヅー [bz̩ː] ビヅヅァ [bz̩za] ビヅヅィ [bʑ̩ʑi] ビヅヅゥ [bz̩zu] ビヅヅュ [bʑ̩ʑu]キヅ [ks̩] キヅー [ks̩ː] キヅヅァ [ks̩sa] キヅヅィ [kɕ̩ɕi] キヅヅゥ [ks̩su] キヅヅュ [kɕ̩ɕu]ギヅ [ɡz̩] ギヅー [ɡz̩ː] ギヅヅァ [ɡz̩za] ギヅヅィ [ɡʑ̩ʑi] ギヅヅゥ [ɡz̩zu] ギヅヅュ [ɡʑ̩ʑu]ヴヴァ [vva] ヴヴィ [vvi] ヴヴゥ [vvu]・その他:ス [sɨ] スゥ [su] ツ [ʦɨ] ツゥ [ʦu] ズ [ʣɨ] ズゥ [ʣu] 備考・コメント欄参照
9 日高水穂 1942 広島県三次市三和町 広島県の方言は県東部の備後方言と県西部の安芸方言に大別される。三次市は県北東部にあり、市域の大部分は備後方言域に含まれる。話者は長く山口県に居住しており、普段の日常生活では方言色の薄いことばづかいをしているが、テオル系の継続形として-チョル(山口方言)ではなく-トル(広島方言)を用いること、「行くまい」にあたる否定推量形としてイカマー(山口方言)ではなくイクマー(広島方言)を使用することなどから、広島方言の特徴を残している(山口方言の影響をあまり受けていない)と見なせる。調査では、自分のきょうだい(兄・姉)が話すことばをイメージして回答してもらった。 カタカナ音声表記とし、特殊な表記は使用していない。 ◆助詞を後接する場合、前接語の末尾音によって以下のような音変化が生じる。
・助詞オを後接:前接語の末尾母音がaではア段長音(例文39,48)、iではウ段拗長音(例文1,2,3,4,11,13,14,15,16,20,21,23,46)、uではウ段長音(例文16)、eではミショー(店を)、テョー(手を)のようにオ段拗長音(神鳥1983)、oではオ段長音(例文6,10,17,47)になる。前接語の末尾音が撥音の場合、小西(2017)では音変化は起こらずブンオ(文を)のようになっているが、この話者は無助詞(例文24,25,30)になっている。
・助詞ワを後接:前接語の末尾母音がaではア段長音(例文11)、iではア段拗長音(例文12,15,28,36)、uではア段長音(例文5,40)、eではア段拗長音(例文37,38,50)、oではア段長音(例文12,13,14,15,20,22,43)になる。前接語の末尾音が撥音および長音の場合、音変化は起こらない(例文7,21,24,25,35)。
・助詞エを後接:前接語の末尾母音がi・eではエ段長音(例文11,16,41,49)になる。
◆以下のような音便形が使用される。
・多段型w/φ語幹動詞:シモータ(しまった/例文45)、コーテモロータ(買ってもらった/例文30)。
・多段型s語幹動詞:ダータ(出した/例文17)。
・形容詞:ノーテ(なくて/例文43)、タノシュー(楽しく/例文33)、ワルーテ(悪くて/例文31)、ヨー(よく/例文34,42)、タコー(高く/例文30)、モノスゴー(ものすごく/例文28)。
◆引用助詞が省略される(例文41,42,49,50)。
◆継続形は進行(例文24)を-ヨル、結果(例文25)、習慣(例文14)、思考状態(例文41,49)を-トルで表す。
◆動詞の否定形は断定非過去形を-ン(例文11)、断定過去形を-ダッタ、-ナンダ、-ンカッタ(例文13)、仮定形を-ダッタラ、-ナンダラ、-ンカッタラ(例文15)、中止形を-ンコーニ、-イデ、-ント(例文14)で表す。当為表現(しなければならない)に用いられる仮定形は-ネバに由来する-ニャー(例文46)を用いる。
◆コピュラはジャ(だ/例文27,32,32,34,38,42,44,47)、ジャッタ(だった/例文36)、ジャロー(だろう/例文8,15,29,37,49)を使用する。形容名詞述ではナを終止形(終止類断定非過去形)として使用する(例文47)。
◆推量形式はジャローの他、オワッタロー(終わっただろう/例文15)、ヤスカロー(安いだろう/例文29)のような形を使用し、これらにジャー(ナーカ)を後接した形も推量を表す。動詞の意志形は単独では推量の用法で用いにくいがフロージャー(ナーカ)(降るだろう/例文8)のようにジャー(ナーカ)を後接すると推量の意味で用いることができる。
参考文献
神鳥武彦(1983)「広島県の方言」飯豊毅一・日野資純・佐藤亮一編『講座方言学8中国・四国地方の方言』国書刊行会
小西いずみ(2017)「要地方言の活用体系記述 広島県三次市方言」方言文法研究会編『全国方言文法辞典資料集(3)活用体系(2)』科研費研究成果報告書